Promotion (3/30/99)
このR&Dの授業は、毎回盛りだくさんで、議論ありプレゼンあり、ペーパー提出であり、かなり大変なのですが
(学生の間ではそういうクラスを "Demanded Class" と呼びます)、その分、本当に為になる、おもしろい授業です。
今回は人事。プロモーション=昇格人事の話でした。アンダーセンのグループ会社に勤めるWilson氏を例にとったケーススタディです。
一言で言えば技術者として通すか、マネージメントの世界へ踏み込むか。。。そういう話です。
エンジニアリング分野からマネージメント分野へ
Wilsonは生粋のエンジニア。入社して2年。途中入社が当たり前のアメリカでは、入社2年は若いという意味ではありません。彼は、過去2年間の成果が買われて、現在は、研究開発チームの責任者たるリーダのポジションにいます。部下には優秀な研究者が多数います。研究者であるが故に、ビジネスとしての、Make
Money
の感覚からはかけ離れた行動も見受けられ、製品の納期の責任を負っているWilsonとしては、その部下たちのとりまとめに苦労する面もありました。が。しかし、Wilson自身もどちらかといえば研究者肌で、そういった優秀な研究者たちと一緒に仕事をしていることを喜びに感じているのでした。
昇格人事は突然やってきました。社内の組織変更に伴い、Assistant
Chief Engineer という、社内技術部門のNo.2の席のオファーをもらいます。Chief
Engineer
というのは社内の技術部門のトップ。そのアシスタントをやらないか。経営会議にも参画する技術トップの右腕にならないかというオファーなわけです。
彼はいろいろ悩みます。金。もちろん昇給のまたとないチャンスです。エンジニアとは違い、今後何年か将来のキャリアにもつながるでしょう。
しかし、反面、一端決めたら、もう後戻りはできない、ビジネスの世界です。彼は自分の研究分野について、できればもう一度大学に戻って博士論文を仕上げたいと考えていました。今は、部下の論文や、製品プロトタイプに携わり、十分なやりがいと幸福を感じていました。ここで、経験もない、自信もない、マネージメントの世界に踏み込むべきか。自分の目指しているのはもっとプロフェッショナルな方向ではないか。
クラスの意見
授業はいきなり、このWilsonに対して、オファーを受けるべきか否か。YES
or NO の質疑から始まります。
「YESかNOか。理由を一言で。」
全員に聞きました。全体の6割くらいがYES。残りの4割がNO。でした。YES派の言い分は、またとないチャンスだ。というのが主流。それに対して、NO派は、経験がない、彼の特性には合っていない、苦しい思いをする、No
heart in it ! とまで言い切ります^^;
しかしおもしろいのは、クラス全員が全員、Wilson自身の視点からしかモノを言わないことです。「自分がどう思っているか」。俺ならこうする、だってこうしたいと思うじゃん。こんな環境だと、こう思うだろ。そいういう理屈です。
たまたま、最後に意見したのが私でした。すでに出た意見を繰り返すのは禁止されているので、(本当にRejectされます^^;)、私は少し違う意見を言うことにしました。
「YES。会社がそういう人材を欲しているのだ。」
この極めて日本的な、「周りがどう思っているか」というところに重きを置いた意見は、実はクラスの中では私一人でした。
クラスの中には中国人3人を含むアジア系が4,5人。ヨーロッパ系が2人くらい。アフリカ系1人。残りの10数人はホワイトアメリカン。
日本式マネージメント
「Ah Ha !」
教授は、この私の意見に反応よろしく、日本マネージメントを例にとって、会社と社員の関係について話始めました。
企業人として日本滞在期間も長く、東芝のコンサルの経験もある教授は、日本式の人事、人の価値観、マネージメントにも詳しいです。
「日本の社員はアメリカと違い、より多くの義務(Obligation)を抱えている。そうでしょ?TAKEUCHIさん。」
こう説明します。(この教授私を呼ぶときはさん付けです:-)
どうも、日本人からすれば水や空気のように当たり前の事が、実は世界的には非常に特別なことの様です。
義務。日本語でもっと言えば、「恩」と「義理」の概念です。人間と人間を結びつける、重要な要素としての義務。そして、それに応えることによって、自分自身の自己実現も果たしていく。
韓国に行くともっと極端で、彼ら(社員)は、胸に手を当て、上司と会社にその忠誠(Loyalty)を誓います。上司の言うことは絶対。講堂での社員集会はキチンと整列されて。。日本ではここまで極端ではありませんが、アメリカンからみれば、五十歩百歩です^^;
アメリカンの場合。どうなんでしょうか。どうも先の学生の反応見る限り、あるいは、教授のその、執拗とも言える会社側の立場の考えから考えると、多くの人間は、
「周りがどう思おうが、自分はこう思う!こうありたい」
というのが基本の様です。
希望か期待か
確かに一番大事なのは、希望、「本人がどう思うか」です。これは私もそう思います。
得てして、日本人は、小さい頃から周囲の目を気にする教育を受けているため、この本人の「希望」が確固としていない場合も多く見受けられます。
「そんなことして、近所で恥ずかしい」
「世間様に顔向けできない」
母親が何度となく、子供に言い聞かせる。みなさんも多分覚えがあることでしょう。逆に、
「こんな人になってくれないかなぁと、お母さんは思ってるの」
「と、なってくれることを、新入社員のみなさんには期待しています。。」
云々。本人の意思尊重と言うよりは、周囲の「期待」を与えることに寄るモチベーション形成。
アメリカンの場合は、前者の本人意志、希望、これがほとんどです。もちろん家族の期待や、会社の期待がないわけではありませんが、その割合は、日本人とは、逆転しているように感じます。
自分の希望を通すか、期待に添えるよう努力するか。
この選択は、もちろん本人の「希望」次第です。:-)
本人がどちらを選ぶか?という問題です。しかし、クラスで教授が言いたかったのは、
「マネージメントが欲する人物像、そして、それを言い渡される社員の憂鬱」
両者を理解した上で、マネージメントに当たりなさいということです。
エンジニアといえども、その会社人生のうち、半分以上は大なり小なりマネージメントの世界へ足を踏み入れることになる。これは、日本のように年功序列、ところてん方式の人事制度をとっていないアメリカといえども、同じ様なトレンドにあります。
MBAとエンジニアリングスクールが歩み寄りを見せたり、MBAのカリキュラムに、必ず技術論が組み込まれるようになっているのも、それらの産業界のトレンドを反映したものです。
特に、技術革新の激しい、そしてベンチャービジネスが経済の勢いを支えている、昨今にあっては、その会社経営に参画する技術者の位置づけは、より重要になってきて、その分技術者に求められる能力も多様化しています。
マネージメントする側である経営者陣も、される側であるエンジニアたちも、その会社の中における自分たちの今の存在を、そして将来の存在をしっかりと見つめなさい。と、今日のディスカッションは、そういう教えだったように思います。
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